世界のHIV/AIDS流行の現状と動向
〜 総 論 〜
慶應義塾大学医学部 山口徹
〈はじめに〉
1996年7月中旬において、AIDS患者及びHIV感染者は全世界で約2,180万人にもなり、強力な流行を続けるHIV/AIDSは社会医学上の最大の関心事といっても過言ではない。日本においても血友病患者の感染が社会的問題となってから、国民の関心は増している。また、航空機の発達や海外旅行の自由化などにより、我が国と海外の交通の増加により感染の拡大が予想され、しかも感染状況は世界の動向を反映すると考えられる。そこで、世界的な流行の様子を把握することは、これからの日本の流行の予測に必要である。サーベイランス報告を元にHIV/AIDSの世界の現況について疫学的な考察を行い、今後の問題点を考えていきたい。
〈AIDS患者報告数並びにHIV感染者推定値〉
WHO(世界保健機構)の報告によれば、1996年10月30日現在の世界のAIDS患者累積報告数は世界193カ国から1,544,067人に上り、過去1年間で19.5%増加している(表1)。報告による患者数は、南北アメリカにおいて最も多く、全体の48.6%を占めるが、実際に推測される世界のAIDS患者数は4倍の670万人以上で、その75%がアフリカに存在すると考えられている(Figure1、2)。また、患者を含めたHIV感染者はすでに死亡したものを含めて、1995年中旬の推定で累計約1,850万人に達すると考えられており、深刻な影響がすでに認められている。
報告されている累積患者数は、アメリカが最大の749,800人であるが、推定HIV感染者数と大きな開きは認められないと考えられている。一方、インドは推定HIV感染者数は約200~500万人で世界最大であるが、累積患者報告数はわずか2,940人で大差が認められる。タイについてもインドほどではないが同様の傾向が見られる。患者報告、登録の不備という問題点があり、一概に比較はできないが、最大の要因はアジアへのHIVの侵入の時期が比較的遅かったため、多くの症例が未だに潜伏期にあることであると考えられる。また、HIV感染者が免疫力の低下により結核に代表されるような他の感染症で死亡した場合、それがAIDS患者として計上されない可能性もある。
〈感染経路と流行の傾向〉
世界各国の患者、感染者の感染経路は国によって大きな差が認められることは、この疾病の大きな特徴である。
1970年代から1980年代の初めにかけてまずアメリカ、オーストラリア、西ヨーロッパの大都市で同性異性間性的接触による感染者、麻薬常習者などに広がり、さらにカリブ海地域、東部及び中央アフリカの諸地域では多数の性交渉相手を持つ男女の中にその感染が広がっていった。HIVの蔓延は初め都市部に集中していたが、その後急速に農村部など過疎地帯にも浸透した。過疎地帯での流行の原因には交通システムの発達が関与するものと考えられている。先述の集団は男性が多いため、HIVの曝露は男性に多かったが、教育による啓発や血液検査の普及とともに、これらの集団の感染者数は頭打ちとなった。
また、一方、アフリカ・サハラ砂漠以南の地域で代表される開発途上国では、異性間性的接触による感染が拡大した。これにより、先進国では男性がHIVに曝露されることが多いため、感染者は男性が中心という世界的な状況が一変した。男女間の感染率の差は急速に接近し、1992年には男女比
3:2となり、現在よりあと3年の内にほぼ 1:1になると考えられている。女性の感染が増加することにより、男性への水平感染のみならず、母子間での垂直感染が重大な問題となった。1995年に約50万人のHIVに感染した小児が誕生した(これは、1日あたり1,400人にも当たる。)。また、累計では小児感染者数は100万人を越えるものと思われる。これらの感染者の内、約67%がサハラ以南のアフリカであると報告されている。
ラテンアメリカ諸国の大部分は、上記の先進国と開発途上国のちょうど中間になるような特徴を示す。1980年代初めまでは、男性同性間および、静注薬物濫用による感染が主であったが、1980年代後半からは異性間性的接触による感染に移行している。
上記以外の地域、つまり、東ヨーロッパ、北アフリカ、中東、アジア、太平洋地域における流行は5年ほど遅れて始まった。しかしながら、感染者の増加は著しく、注目を集めている。1996年末現在のアジア地域のAIDS患者累積報告数は53,974人であるが、WHOは、1996年10月にアジア地域のHIV感染者は530万人を越えると推定している。特に、南及び東南アジアでのAIDS/HIVの流行は定着し、過去2年間にAIDS患者数は3万人から50万人へと15倍以上の増加を示したと考えられ、世界の推定患者数に占める割合も1993年中期には約1%であったのが、1996年後期には6%を占めるようになった。また、蔓延の様式は欧米やアフリカとは異なり、最初に静注薬物濫用者に流行し、その後、commercial
sex workers および、そのclientsに急速に広がり、それから、配偶者、母子感染と広がっていった。そのため、現在における各国別の主な感染経路はまちまちである。タイでは先のサイクルが短期間に完成され、異性間性的接触が主な原因であるが、ベトナム、ミャンマー、中国では、静注薬物濫用が主な原因となっている。また、特例的に日本では、血液凝固因子製剤受注の例が最大となっている。
〈世界のAIDSの将来予測〉
今後の世界の動向についてWHOは、アジアとアフリカについて異性間性的接触を中心とした増加傾向が著しくなると予測しており、西暦2000年までに感染者は累計3,000~4,000万人に達し、成人のAIDS患者数は累計1,200万人に達すると予測している。
また、地域別にみると、同性間性的接触と静注薬物濫用を主とする北アメリカ、西ヨーロッパ、オーストラリアなどの諸国では、HIV感染者の年次発生は既に1980年代中頃にピークに達し、減少傾向にある。しかし、異性間感染と母子感染を主とするサハラ以南のアフリカ地域では、1990年代中頃にはピークとなるが、2000年には成人HIV感染者累計は1,500万人に達すると予測されている。
ラテンアメリカ、カリブ海地域諸国では、年次発生の増加は1990年代中頃まで漸増を続けると予測されている。
アジアでは流行が他の地域より遅れて始まったが、90年代に入り南及び東南アジア、特にタイ、インド、ミャンマーなどにおいての最近の増加は著しく、1990年代後期には年次発生数はアフリカを越え、21世紀に入ってもなお増加は続くと予測されている。このような状況で推移すると、2000年には全世界の小児も含めた全HIV感染者の累計は約3,000万から4,000万に達すると予測される。
このような患者の増加が続くことによって、人口増加率の減少、平均寿命の短縮、生産年齢人口の減少など社会経済的な影響は一層拡大されるのは間違いなく、具体的な対策が要求されている。
〈参考文献〉
1) 鎌倉光宏 : 日本と世界の現況 , CURRENT THERAPY , Vol.14 , No.7 , 1996
2) 木村哲、山本直樹 : AIDS/HIV感染症の最新ガイド , 南江堂 , 1994
3) 山口剛、後藤元 : 図説HIV感染症 , メジカルビュー社 , 1993
4) 北村敬 : HIV感染症の診療-医療関係者の手引き , 国民健康保険中央会 , 1993
5) 守屋克美 : からだの科学 , 日本評論社 , 1994
6) 鎌倉光宏 : AIDS A Basic Guide , 保健会館 , 1987
7) 塩川優一、北村敬 : エイズ 正しい理解のために , 講談社 , 1991
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