ラテンアメリカと西インド諸島における現状
ラテンアメリカと西インド諸島は合計44の国と属領から構成される異民族からなる多様な地域である。様々な民族的背景からなる4億7千万の人々が居住しており、英語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語が主に用いられている。HIV/AIDSの蔓延速度は他の発展途上国より遅かったが、流行は確立しており、地域や国々において流行速度やHIV感染率は様々である。
感染形態は国によって異なり、主としては同性愛者や両性愛者に関連した流行から、注射薬物に関連した流行、及びに異性間性交渉感染による流行までその幅は広い。ただし、流行の形態が多様であるにもかかわらず、性交渉によるHIV/AIDS感染は
当地域の感染の80%に相当している。また、異性間性行為をする集団や非都市部に徐々に影響を及ぼし、大流行の兆しが示されている。Pan
American Health Organization(PAHO)の報告によればいくつかの国においては売春婦、男性と性行為をする男性(MSM)
、複数のパートナーをもつ男性などからなる”危険性が高いグループから女性や青年や小児からなる一般集団の感染しやすいグループにHIVが急速に蔓延するきわめて危険な段階にあることが推測されている。
この地域全体に共通する性行動様式として、早期の性行動開始、特に男性に対し複数のパートナー所有が文化的に許容されていること、およびコンドーム使用率が低いことが挙げられる。また、この地域では男性と性行為をする男性の割合が比較的高いにもかかわらず、同性愛行動や両性愛行動の様式はほとんどわかっていない。ゲイのライフスタイルや文化をもっているという認識はあまりなく、両性愛行動の方が同性愛行動のみする人より多い。したがって、男性性行為をする男性にたいして特別のメッセージを発することは難しい。
現在ラテンアメリカと西インド諸島におけるHIV/AIDSの最近の疫学的側面には、HIV感染の急速な蔓延を引き起こす危険性の高い状況が見られる。社会経済的な不遇と情報の欠如によってHIV感染に対する脆弱さは倍加され、国から国への移動や農村部から都市部への移動が持続的な感染に寄与し予防措置を難しくしている。疫学的な証拠によれば若年層に新規感染が移行し、社会経済的に恵まれない人々の間で増加する傾向が顕著である。
メキシコ、中央アメリカ地峡部とラテン西インド諸島地域
メキシコ、中央アメリカ地峡部(グアテマラ、ベリーズ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ及びパナマ)、および西インド諸島地域(キューバ、ドミニカ共和国、ハイチ及びプエルトリコ)ではHIVの新規感染者数は上昇している。1996.6.10現在では50564例が報告されているがAIDSの真の患者数は報告症例をかなり上回り、データ収集に1,2年の遅れがあるために20%から70%多いであろうと推定さてれいる。
メキシコにおいては、男性と性行為を行う男性の間でHIVリカン率が上昇している。ただし、上昇速度は1980年代程ではない。輸血関連のHIV感染は効力のある血液スクリーニングのために急激に減少した。その結果女性のAIDS症例の伸びは明らかに鈍化したが、実際のところは、異性間性交渉による女性のHIV感染の流行が最近新たに出現した。この結果、この国では2つの流行が観察された。MSMに主に影響する都市部における成熟した流行と主に異性間の性行為感染によって広がる農村部での新たな流行である。
中央アメリカ地峡部とラテン西インド諸島においては、HIV/AIDSが増加し、異性間性行為感染が上昇する様な流行を見せている。例えば、ホンジュラスの売春婦の血清HIV有病率はほぼ40%に達した。そして、サンペドロスラ市における妊娠女性の定点監視サーベイランスでは最高4%の有病率が報告された
ラテン西インド諸島では性産業の構造と組織に多様性があり、売春婦をこの地域内外に送り出したり、セックスツアーを企画するような国々もある。また、観光や雇用のための国際的・地域的な移動が西インド諸島の流行の動向に影響をあたえ、HIVが蔓延する可能性を高めている。
英語圏の西インド諸島の国々
この地域における主な感染経路は異性間性交渉であるが、同性愛と両性愛による推定HIV感染も全ての新規感染の14%をしめている。一般的に全ての国で症例数は増加しているが、西インド諸島の中の多くの小さな国中にはHIVリカン率が非常に高い国もあれば低い国もあるが、これは当地域に多くの異なった流行があり一つの地域パターンではないことを示す。
AIDSリカン数の男女比は過去10年にわたって急激に減少し、1994年には2対1以下になった。小児AIDS症例は着実に上昇し現在では全発症例の5%に相当している。いくつかの西インド諸島の国々ではAIDSが若年男性の死亡原因の第一位になっている。このため、AIDSとHIV感染に対する行動上の危険因子の調査を緊急に実施する必要に迫られているが、ほとんどの西インド諸島は小さいので守秘性の問題が障害となっている。
西インド諸島の異性間性行為を行う集団では、季節労働者や売春婦やクラックコカインの使用者など社会から疎外されたグループ(marginalized
communities)の間で感染者が上昇している。
汚染血液による感染のリカンが非常に低いのは西インド諸島における部分的な成功例である。
南アメリカ
南アメリカにおけるHIV感染者数とAIDS症例数は着実に上昇している。1996.6.10で、南アメリカの症例数はPAHOに報告された累積症例数の15.5%に相当する。しかし、真の症例数はこれよりもかなり高いと考えられる。PAHOに報告されたAIDSの全症例の75%に相当する部分をブラジルが占める。また、性交渉による感染が全感染の74%を占め、注射薬物乱用者が19%、そして、血液感染、母子感染、及び不明の症例が7%であった。
本地域のHIV/AIDSの流行は各々異なった成熟の程度を示すが、ほとんどの国で十分に確立している。本地域における大流行は1980年代になって、同性愛者/両性愛者を主とする流行から異性愛者感染増加の流行へと進展している。さらに、主要な都市地域に中心をおいた流行から小都市や農村部をますます巻き込んだ流行へと変化している。また、このような流行は青年やmarginalized
communitiesや社会的に恵まれない人々などの特定の小集団を巻き込むことが多い。
予防への努力
HIV/AIDSについての知識、態度、習慣、行動は年間にわたって本地域で顕著に増加した。行動変化は、SW,MSM,AIDSの疾病管理に関係している医療関係者で特に顕著である。しかしながら、このような傾向があるにもかかわらず HIV/AIDSに関する知識は本地域全体では非常に限られたものである。またSTDに関する知識についても同様である。また、不特定多数との性交渉によるHIV感染についてはなお多くの誤解があるという事実が問題を複雑にしている。調査の結果では多くの人が高いレベルの知識を持ちながら自己認識が低いことが示された。
女性、小児および青年の様な特定の集団流行の次の段階で最も影響を受けやすいグループになるので、この集団に直接注意を当てた注意が必要である。コンドームの正しい使用の増加が促されているが、十分な効果を上げていルとはいえず、禁欲、性行為開始年齢の遅延、一夫一婦制の奨励などによって補足する必要がある。
本地域においてはHIV/AIDS流行によって地域全体の発展と安定性に脅威が与えられるので、本地域における予防・管理プログラムヘのさらなる支援と普及が必要である。
北アメリカ
北アメリカにおけるAIDS流行の増大は最近鈍化しており、罹患率が横這いとなりつつあるが、これは主に男性同性間での性行為感染が減少したためである。しかしながら、最近のAIDS罹患率は許容し得ないほどの高く、現在の横這い状態では到底満足できないことを認識しなければならない。AIDSのデ−タには最近のHIV感染は反映されておらず、HIV感染は多数の集団および地域で脅威的な速度で発生し続けている。HIV感染者とAIDS患者の特徴は変化し続けており、感染パタ−ンが変化していることを反映している。
影響を受ける集団
統計モデルからの推定では、米国においては1992年現在、約75万人がHIVに感染しており、同年に約6万人が新たにHIVに感染した。カナダでは、1994年現在、推定3万4千人の成人がHIVに感染しており、1990〜1994年の間に毎年2500人から3000人が新たにHIVに感染していた。出産した女性を対象とした調査に基づく推定では、カナダにおいては1万例の誕生について約3.2例が、また米国においては1万例の誕生について15.1例が抗HIV抗体を保有していた。米国においては推定1万2千人の小児がHIV
に感染している。流行の開始以来、累積数100万人から150万人のHIV感染者が北アメリカで発生している。
25才から44才の年齢層では、HIV感染が主要な死亡原因の一つとなった。この年齢層の男性では、HIV感染は米国では死因の第1位であり、カナダでは死因の第2位であった。そして同じ年の25才から44才の米国女性の死因の第3位であった。
1995年12月までで米国におけるAIDS発症者は51万3486名であると報告されている。また、カナダにおいては1996年3月31日までに、1万3291名がAIDSを発症したと報告されている。北アメリカ全体のAIDS罹患率は徐々に鈍化している。1990年代の初期にはAIDS
関連の日和見感染症(AIDS-OI)と年間に診断される者の数が非常に増加したが、1993年以降の年間の増加率は5パ−セント以下であった。1995年には、報告の遅れを補正後、米国においては約6万2千人(10万人に対し29人)が、カナダにおいては2166人(10万人に対し9人)がAIDS-OIと診断された。
北アメリカでは、AIDS 罹患率の増加が全体的に鈍化したが、影響を受ける集団にはかなりのばらつきがあった。例えば、米国においては、1990年代のAIDS
罹患率の上昇は、男性よりも女性で、白人よりも黒人とヒスパニック系で、他の感染経路よりも異性間の性行為による感染で、大きかった。このような傾向の結果、1995年にはAIDS罹患率は、白人と比較して黒人で6.5倍、ヒスパニック系で4倍となり、またAIDS
と診断された人の20パ−セントが女性で、15パ−セントは異性間性交渉による感染であった。
HIV感染率は投獄されている人などのグル−プでも高い。1994年には100万人近くの米国の囚人の2.3パ−セントがHIV
感染者であることが知られており、囚人におけるAIDS有病率は、非投獄者の7倍であった。またAIDS
は囚人の第2位の死因である。カナダの囚人では、HIV有病率は女性で高く、男性では1から4パ−セントであるのに対し、女性では2から10パ−セントであった。男女性とも感染は注射薬物の使用が関連していた。
米国においては、13才以下の小児におけるAIDS 罹患率は毎年減少している。例えば、1992年には938症例であったが、1995年は約600症例であった。1995年にカナダでAIDSと診断された小児は21人だけだった。この減少はHIVと診断された女性の妊娠率の減少、および母親と新生児のHIV感染に対するzidovidine療法の効果の可能性をよく表していると考えられる。
北アメリカでは、梅毒罹患率が減少しているが、1994年米国では、罹患率は白人より黒人で60倍高かった。淋病の罹患率も減少した。1994年には、米国においては10万人に対し168人、カナダでは10万人に対し21人であった。
統計モデルからの推定値といくつかのコホ−ト研究で得たデ−タでは、男性と性行為をする男性(MSM)におけるHIV
感染率は、1980年代初期のかなりの高率から減少して来ている。カナダでは、MSM
の罹患率は1980年代始めは年間5-10パ−セントだったのが、1990年代始めには年間、推定1〜2パ−セントに減少した。米国のSTDクリニックに通院しているMSMのHIV血清有病率は、1980年代後期には30パ−セント以上であったが、1995年には24パ−セントであった。しかしながら、MSMのHIV有病率は北アメリカの全ての地域で依然として高いままである。
MSMのHIV感染と罹患率の減少傾向は、梅毒と直腸淋病罹患率の大幅な減少を示す性感染症(STD)サ−ベイランスデ−タと一致している。また、この減少傾向は性交渉相手の数の減少および性的リスク行動を表わす他の指標の減少を示した行動調査の結果とも一致している。しかしながら、若年のMSMのリスク行動にはばらつきがみられるようで、予防処置を取らず受けいれる肛門性交の比較的高い率がこの年齢群では依然として報告されている(6-18ヵ月間に31パ−セントから47パ−セント)。
米国においては、注射薬物濫用者者におけるHIV有病率は全地域で減少して来ている。最も大幅な減少は、薬物治療プログラムに参加している注射薬物濫用者のうち北東部の人たちで観察された。1988〜1995年の間に米国の29の都市の薬物治療センタ−における無記名調査では、北東部においてはHIV感染率が高く(HIV有病率の中央値は23パ−セント)、西部においては低い(中央値、1.5パ−セント)ことが示された。注射薬物の使用に関連したAIDS
症例は、1993年以来、年間5パ−セント以下の増加であった。1995年においては、AIDSと診断された注射薬物濫用者者の3/4は黒人またはヒスパニック系で、1/4は女性であった。カナダにおいては、注射薬物濫用者のHIV感染は重大な懸念である。例えば、モントリオ−ルにおける罹患率は最近、100人年当たり5と推定されている。この罹患率は北アメリカで最も高いものの一つである。
安全ではない注射習慣とHIV 感染の両方が減少していることを示す研究結果もある、新規HIV感染者は発生し続けており、また注射器具を共有する注射薬物濫用者者の数は多い。いくつかの研究では、48〜88パ−セントの注射薬物濫用者が注射器具の共有を続けており、何らかの方法で注射器具を洗浄しているのは22〜63パ−セントの注射薬物濫用者者に過ぎないことが示された。カナダにおいては、薬物を注射し続ける人は薬局、および多くの注射針交換プログラムで滅菌注射器具を入手できる。これと対照的に、米国の50州中45州では処方箋のない滅菌注射針や注射筒の販売や所有は禁止されており、合法的な注射針交換プログラムは少数しかない。
異性間性的接触によるAIDS症例は、北アメリカでは増加している。異性間性的接触はAIDSと診断された米国の女性の最も一般的な感染経路で、カナダでは1991年以来女性AIDS患者の割合は2倍になった。これらの症例のほとんどで注射薬物濫用者者との性的接触が報告されているものの、異性間性交渉により感染を受けた女性の中で自分のパ−トナ−のリスク状態には気づいていない者が化なりの割合を占めた。注射薬物の使用に加え、米国ではクラックコカインの使用が、都市部と南部の農村地域の両方において、性的接触を通じたHIV感染の増大に関係があった。
1990年から1995年の間に北アメリカのSTDクリニックに通院している異性愛の男性と女性における平均HIV有病率は経時的にほとんど変化しなかった。しかしながら、ニュ−ヨ−ク、マイアミ、ワシントンなどの米国のいくつかの都市における、異性愛の男性と女性の血清HIV有病率は5パ−セントあるいはそれ以上増加した。
行動の変化
一般集団の調査では、北アメリカではHIV/AIDSに関する知識程度は高く、また性行動の変化がおきていることが示された。米国で在学中の青年の間で、一番最近の性行為でコンド−ムを使用したという報告は、1991年には46パ−セントであったが、1995年では54パ−セントであった。1992年にはカナダの青年の50〜65パ−セントが、一番最近の性行為でコンド−ムを使用したことが報告されている。1988年から1991年の間に実施された米国における研究では、ステディ−ではないパ−トナ−との間での異性間性行為をする成人のコンド−ムの使用率は白人では14から22パ−セントに、黒人では5〜27パ−セントに増加した。1994年のカナダにおける調査では、ステディ−ではないパ−トナ−との間で、20-45才の年齢層で、男性では26パ−セント、女性では19パ−セントがコンド−ムを使用していた。